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2018/05/14

精神疾患で働けない自分は怠け者か?②:近代の労働観

さて、今回は、

働いていない自分は
怠け者だ、
というマイナス思考からの
脱出を目指す、
このシリーズの
2回目です。

前回は、こちら↓
精神疾患で働けない自分は怠け者か?①:背景にある「べき思考」

前回は、
そのマイナス思考の背景に、
人は働き者であるべきだ
という信念があるこを、
確認しましたね。

その信念、一体、
誰が決めたのでしょうか?

いつから、
そう決まったのでしょうか?

その信念を持つことの、
メリットは?

それを、今回は、
見て行きましょう。

社会哲学者、今村仁司さんの
「近代の労働観」岩波新書1998年を
参照しました。

・・・

今から2000年以上も昔、
古代ギリシアのプラトン。

国家の要人は、
職人がするような手仕事を
するべきではない。

哲学的な思索をするための
自由な時間をもつべきだ。

商人は職人よりも
さらに劣等だ。

そのように
考えていたようです。

労働の価値を、
ものすごく低く見ています。

背景には、
奴隷制度がありました。

つまり、労働とは、
奴隷がするものだ、
ということでしょう。

労働は、
人間に独自の活動でもなく、
大きな社会的機能も持っていない、
と。

時代と社会が変われば、
働くことの意義も、
これ程にまで、
変わるものなのです。

・・・

南太平洋に浮かぶ
ニューブリテン島。

そこのマエンゲ族は、
畑作の成果を、
収穫量ではなく、
「美しさ」で評価する。

一年の終わりの大祭で、
お互いの仕事の優劣を、
「美しさ」で決める。

労働は、
美的活動として理解され、
多くの時間は、
「何が美しいか」の議論に
費やされる。

生業に費やす時間は少なく、
多忙であることが評価されることは
あり得ない…。

社会がどんな価値観を
大切にするかによって、
働くことの意義も、
これまた、
大きく変わるのです。

・・・

これらの社会では、
「人は働き者であるべきだ」
という信念をもつメリットは、
全くない、でしょう。

人というものは、
限界まで働くことで、
生産的なことを行い、
社会に貢献し、
その結果、
他人のサポートがなくても
最低限のことは自分で行える、
社会の負担にならない、
そんな人であるべきだ。

そんな信念を
語ろうものなら、

プラトンには、
お前は奴隷になりたいのか?
と言われるでしょう。

マエンゲ族には、
お前は美しくない…
と言われるでしょう。

・・・

そんな「働き者」の信念は、
どこから来たのか?

産業革命に湧く
18世紀のヨーロッパの都市に
目を移しましょう。

大量の貧しい農民が
農村部から
流れ込んで来ました。

規則正しい労働時間に
対応できる者もいました。

その一方で、
それに適応できない
「怠け者」もいました。

キリスト教的価値観にも
そぐわない彼らは、
「救済院」と呼ばれる施設に
に送られることになります。

そこで、
何が行われたと思いますか?

強制労働です。

そこで意図されたものは、
・怠け者に対する罰
・働き者に変えることによる魂の救済
・貧困に由来する犯罪などの政治的管理
・労働者の確保による経済効果
・怠惰の是正という教育的意義
などでした。

その結果、
「働き者であるべきだ」という
信念が、民衆に
浸透して行ったようです。

・・・

さて、
この信念を持つことの
メリットは、
どこにあるのでしょうか?

労働者、よりも、
労働者を雇う側、
つまり支配階級の側に、
まず、
メリットがありますね。

使える労働者の量産に
つながるわけですから。
加えて、
治安の維持、でしょう。

そして、
労働者側にとっては、
この新しい時代の流れに
適応できる、
というメリットがあります。

ただし、
一定の場所で一定の時間、
決められた仕事を淡々とこなし、
その対価として賃金をもらう、
という労働のスタイルに
馴染める者、に限りますが。

それに馴染めない者にとっては、
「働き者であるべきだ」という信念は、
何もメリットが、ありません。

そして、
このような労働スタイルは、
古代ギリシアや
マエンゲ族の例で見たように、
決して、
人類に普遍のスタイルでは、
ないのです。

だから、
馴染めない者がいて、
当然でしょう。

・・・

ここまでの情報収集をして、

そうか!
そんなに
「働き者であるべきだ」という
信念にこだわらなくてもいいんだ…

と判断できる方がいると、
うれしいですね。

・・・

でも、
頭ではわかっていても、
そう簡単に、
その信念を捨てられない場合も、
あるでしょう。

まだ、自分にとって、
メリットがあるからです。

何の?

その信念を捨てないことで、
少数派になることを
回避できるから。

どうがんばっても
働き者になれないのに、
働き者であるべきだと、
自分に言い続ける…

その苦しみよりも、

「働き者でなくともよい」
という信念を持つ
少数派になって、
多数派から離れることの方が、
こわい。

この点については、
次回、考えてみましょう。

・・・

さて、
働いていない自分は
怠け者だ、
というマイナス思考で
苦しい時、

Do:
「働き者であるべきだ」
という信念は、
近代社会の成立とともに
民衆に浸透した考え方であることを踏まえ、
その信念を抱き続けるメリットが
自分にあるか、
自分に問うてみる。

Don’t:
「働き者であるべきだ」
という信念は、
人類普遍の真実だと誤認する。

いかがでしたでしょうか?
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