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2020/02/03

スピリチュアル・リテラシー入門①:人は死んだら無になるのか?



さて、今回から
新しいテーマに入ります。
ちょっと、重いですが・・・。

・・・

人は、死んだら、
無になるのでしょうか?

・・・

診察で、ときどき、
質問されます。

その方の表情は、
いつも、微妙な感じになります。

それで、いいんですよね、
そういうものなんですよね・・・、
と自分に言い聞かせるような
トーンが入っている一方、

やっぱり、そうなんですか、
それって、おそろしいですよね・・・、
どうにもならないんですか?という
トーンも、混じっています。

皆さん、
どう思われますか?

・・・

無とは、

人が、
火葬してお骨になったら、

物体としての人が、
消滅したら、

後には何も残らない、
という意味です。

いい方を変えると、
死んだあとでも、
何らかの形で、存在し続ける、
たましいなどの、
通常の感覚を超えた存在など、
一切、存在しない、
という意味ですね。

・・・

実は、
この死についての見方には、
魅力があります。

この世に生きていても、
苦しみと悲しみしかない。

今までも、そうだったし、
これからも、そうだろう。

だとしたら、
生きていることに執着する意義が
どこにあるのか。

もう、終わりにしたい・・・。

療養の中で、
このような気分になる方、
決して、少なくないです。

そんな方は、
人は死んだら、無になる、
という考え方に、

救いを感じる場合が、
あり得ます。

マイナスだらけの人生が、
死んで、ゼロになるなら、
マシではないか、と。

無とは、
苦しみも悲しみも
ない、ということだから。

だから、いつでも死ねるんだ、
と思うとちょっと楽になった、
という方が、おられるわけです。

・・・

しかし・・・。

この、無、というゾーンは、
それはそれで、
すごーく、背筋が凍るほど、
恐ろしいものでも、あります。

なぜなら、
私たちが、こうして
生きて存在している間、
つまり「有」のゾーンにいる間、
一度も、体験したことが
ないからです。

体験したことがないゾーンは、
誰も、こわいからです。

・・・

だから、
人は死んだら無になる、
という見方には、
魅力がある一方で、

実際に向き合うと、
すごく恐ろしい、
という板挟みの状況
陥ってしまいます。

人は死んだら無になるんですよね、と
微妙な表情で訴えるPSMの方は、
ほぼ、間違いなく、
この両極の間を、
右往左往、しています。

・・・

この板挟みの状況から
脱出することは、
できます。

大きなポイントは、
二つ。

一つは、
人は死んでも無にはならない、
という見方を体得すること。

物体としての人が消滅しても、
消滅しない何ものかがある、
という見方ですね。

これを心底、体得するには、
物体を超えた領域への感受性が
どうしても、必要になります。

でも、それぞれの
得意・不得意にあわせて、
感受性を育てていくことは、
できます。

すでに、このメルマガでも、
スピリチュアルリテラシーとして
紹介しています。

その一番、最初の話題はこちら↓

・・・

ポイントのもう一つは、

生きている間に
死ぬ感覚を、練習すること。

???

どういうこと?

ここでの「死」とは、

死んだら無になる、
という死ではなく、

死んでも消滅しないものがある、
という死、です。

生きている自分の中に、
生きている間に、

死んだら消滅する部分と、
死んでも消滅しない部分が、
あるよな、
という分別が、できるようになる、
ということです。

これが、
生きている間にできる、
死ぬ感覚の練習、ですね。

死ぬとは、
死んで消滅する部分が死に、
消滅しない部分が分離していく、
という現象なのですから。

この練習ができれば、
死への恐怖は、減ります。

そして、
人は死んだら無になる、
という見方から、自由になれます。

・・・

むむむ、
小椋よ、ついに
そんなこと、しゃべちゃって
いいのか・・・、というツッコミが
聞こえてきそうですが、
いいんです。

小椋の中の、
小椋が死んでも消滅しない部分が
語っているんだな、
とご理解ください。

・・・

次回以降は、
すごく具体的に、
小椋の個人史からのエピソードを例に、

物体を超えた領域に対する
感受性を育てる話題に、
移っていきます。

・・・

人は死んだら
無になるという見方で
苦しんでいる時、

Do: 
人には、
死んだら消滅する部分と
消滅しない部分がある、
という見方に親しんでみる。

Don’t: 
自分には
物体を超えた領域に対する
感受性はないと
速断する。

いかがでしたでしょうか?
同じ悩みをお持ちの方は、 
ぜひ一度、お問い合わせください。