2021/11/01
身体リテラシー入門④:チャンネル・スイッチ、増幅法そしてエッジ
さて、身体リテラシーのシリーズ、
今回は第4回目です。
前回はこちら↓
私たちが、どのようにして
内受容感覚としての
「内臓感覚」を身につけるのか。
その実例を、
『内臓とこころ』からの引用で
お伝えしましたね。
オムツが取れたばかりの
三木先生の息子さんが
「トイレ感覚」を身につけるまでの
ドタバタ劇でした。
今回は、その内容を共有した上で、
その体験を深掘りしてみましょう。
・・・
まず、基本的な
からだの仕組みの復習です。
膀胱って、
腎臓でつくられた尿が溜まっていく
いわば袋、なのですが、
成人だと、500mlぐらいは
溜めることができます。
ちなみに、一晩でつくられた尿を
朝まで溜めておくぐらいはできます。
膀胱の中に尿が溜まってくると、
その圧力が、
膀胱を内側から外側へ
圧迫し始めます。
それに応じて、
膀胱の袋、というか
実際は筋肉の壁なのですが、
それが、尿の圧力を
押し返そうとして、
外側から内側へ
圧迫し始めます。
それだけだと、
じゃばーっと、
尿が漏れてしまいますが、
膀胱の出口に、
括約筋(かつやくきん)という
いわば、しぼり、があって、
出口をしっかり
締めているわけです。
こんな調子で、
尿が膀胱に流れ込んでくると、
徐々に、尿が溜まって、
徐々に、
尿の外側への圧力と
膀胱の壁の内側への圧力が
ともに増強して、
括約筋が必死に
漏れないように持ちこたえる、
という緊張状態が、
からだの内部で
進んでいくわけです。
・・・
もちろん、
息子さんは、そんな事情は
知りません。
ただただ、
得たいの知れない不快な感覚が
どこからともなくやってきて
どんどん、ひどくなっていく、
その体験だけが、あるわけです。
その体験の意味も、
どうやったらそれがマシになるのか、
何をすることが正解なのか、
全く、わからない。
これ、かなり、嫌ですね。
そして、前回、お伝えした通り、
この不快な感覚は、
PSMの方が
自身の症状で苦しむ時の
感覚とかなり近い、ということです。
・・・
息子さんは、
もう何回かは、
トイレに行って、
そこで、なんだか下腹部をゆるめると
じゃーっと何かがでてきて、
大人にはほめられる、
という体験を、してはいる。
が、その体験と、
今、進行中のこの不快な体験とが
認知の中で、結びつかない。
※これも、PSMの方、
多いです。
・・・
さて、息子さんは、
どうしたか。
ひたすら、モゾモゾ、
ジタバタ、しますね。
これって、無自覚に、
身体運動のチャンネルを使っている、
ということです。
内受容感覚からの
得たいの知れない情報が、
身体感覚のチャンネルを圧倒している。
だから、その情報を
身体運動のチャンネルを通じて
表現している、と言えます。
息子さんの場合、
根本的な解決にはならなかったが
時間稼ぎにはなるようですね。
ここで、ポイントが一つ。
プロセス指向心理学では、
このような、情報を扱うチャンネルを
切り替えることを、
チャンネル・スイッチ、
と呼んでいます。
息子さんの場合、
身体感覚のチャンネルから押し寄せてくる
得たいの知れない情報を、
無自覚にだが、
身体運動のチャンネルで扱うことを
試みた、ということです。
この、
チャンネル・スイッチというスキルは、
このシリーズでお伝したい内容の中でも
大きな柱の一つになります。
※また、後の回で具体的に扱います。
・・・
息子さんは、
身体運動のチャンネルだけでなく、
「他者との関係のチャンネル」への
チャンネル・スイッチも試みています。
※他者との関係は、
6つのチャンネルの中の5番目でした。
お父さん(三木先生)のところへ行って
おんぶしろとねだるのは、
得たいの知れない不快な感覚を、
他者との関係の中で処理しようと試みた、
と言えますね。
もう、ありとあらゆることを
手当たり次第、やっている感じです。
※これも、PSMの方には
こころ当たりあるかと思います。
・・・
そこでお父さんが、
膀胱の上を手で圧迫してみる、
という関わりをします。
尿の圧、膀胱の壁の圧、
そして括約筋の緊張、
それら三つ巴の葛藤状態を、
一層、悪化させる関わり、
ですね。
お父さんとしては、
いい加減、もうわかりなさい、
オシッコに行くタイミングでしょ!
ということを、
息子さんに自覚させたかった。
息子さんの
身体感覚のチャンネルから来る
不快な感覚、
その意味の自覚を促すため、
そのサインを増幅させた、
ということです。
実は、
この「サインを増幅させる」という
手法は、
プロセス指向心理学では、
「アンプリフィケーション(増幅法)」
と呼ばれています。
三木先生は、天然に、
この増幅法をやったことになります。
でも、この増幅法、
私たちが、自分の困っている症状に
自ら行うことには、
相当な抵抗があります。
だって、しんどい症状を
敢えて、悪化させる、
ということなのですから。
めまいがキツくて、
しゃがんでいる方が、
あえて、立つ、ということですから。
でも、あえて増幅させることで
サインの意味がわかるようになる、
という現象があることも、
また、事実です。
この増幅法を
どうやって、私たちの
療養生活に活かせばよいか、
その辺りの提案も、
このシリーズのポイントになります。
・・・
でも、結局、
息子さんは、
トイレに行こうとはしません。
なぜ、息子さんは、
ここまで、拒否するのでしょうか?
皆さん、
どう思われますか?
・・・
息子さんの拒否には、
次のような心理的背景があると
推測されます。
まだ幼いながらも、
息子さんには既に、
これが自分であって、
これは自分ではない、
という感覚があるのでしょう。
心理学の用語では、
幼いながらも自我がある、
ということになります。
自我のゾーンと、
自我ではないゾーン、
その境界の感覚がある、
とも言えます。
膀胱がパンパンの
息子さんには、
この得たいの知れない
不快な感覚は、
とても自分に含まれるものではない、
と判断しているのでしょう。
だから、拒否するわけですが、
だからといって、
自分の膀胱は
小さくなってはくれません。
それどころか、
どんどん、パンパンになって
不快な感覚は一層、
襲ってきます。
この状況では、
自我は、
かなりピンチです。
自我とは認められないものが
自我を飲み込まんばかりに
迫ってきているわけですから。
プロセス指向心理学では、
このようなピンチの状況の、
自我のゾーンと
自我ではないゾーンとの境界を
まさに「エッジ(境界)」と
呼んでいます。
息子さんは、
膀胱感覚のトレーニングの中で、
自分のエッジと向き合っていた、
と言えるわけです。
PSMの方も、
経験をお持ちだろうと思います。
このままでは、
自分が壊れる・・・
その瞬間、
そこが自分のエッジだ、
ということです。
・・・
その息子さんが、
ついに天啓が下ったように
「オシッコー!」と絶叫して
トイレに駆けていく。
何が起きたのでしょうか?
まずは、
身体感覚のチャンネルから
聴覚のチャンネルへの
チャンネル・スイッチ、ですね。
つまり、
今まで、得たいの知れない
不快な感覚が満ち満ちていた
身体感覚のチャンネルの情報が、
言葉の表現を得た。
※聴覚のチャンネルには、
外界の音だけでなく
こころの中で生まれる言葉も、
このチャンネルに含まれていましたね。
これと同時に、
不快な内受容感覚を、
自分の自我の一部と認知した、
つまり、
エッジを乗り越えて、
新しい自我の統一を得た、
と言えるでしょう。
その結果、
自我のコントロールのもと、
その不快な感覚を、
トイレという場所で
括約筋を緩めて放尿するという
文化的な行動と
リンクさせることができた。
さらに、
圧倒的な不快から、
放尿の圧倒的な快の体験を通じて
この文化的な行動を
繰り返すモチベーションも
得ることができた。
これが、
身体感覚のチャンネルを耕し、
身体とのコミュニケーションを
育むという営みの
実情なのです。
・・・
根源的な不安に
さいなまれている時、
身体感覚のチャンネルの開発が
ポイントだと知った後、
Do:
その開発のためには、
チャンネル・スイッチ、
増幅法、
エッジに向き合う、
などがポイントとして
あることを知る。
Don’t:
記憶から消失した
トイレ感覚の習得と類似の取り組みを、
成人の今、
自覚的に繰り返すことに
恐れをなす。
※自分に合ったペースで
取り組めば大丈夫です。
いかがでしたでしょうか?
同じ悩みをお持ちの方は、
ぜひ一度、お問い合わせください。