ブログ

ブログ

2017/02/13

躁うつ病の方が妊娠・出産する時のチェックポイント3項目

躁うつ病の方が妊娠・出産を希望される場合、悩みどころがいくつかあります。
今まで相談にのってきた中で、多いのは次のようなパターンです。

・主治医から「一生、内服をしないといけない病気だから、とても、妊娠・出産なんて無理だ」と言われたが、本当にそうか?
・絶対にお薬はやめないとダメなのか?
・絶対にお薬はやめたいが、大丈夫だろうか?
・お薬による赤ちゃんの奇形って、どの程度なのか?
・自分の病気って、遺伝するの? 遺伝するなら、こどもがかわいそう・・・

当クリニックは、「お母さんになりたい」という患者さんの希望を可能な限り尊重してきました。
前医に「無理だ」と言われたが、お薬を切り替え、無事、妊娠・出産したケースもあります。
ただし、入念な準備は必要です。そのような準備をした上での妊娠を、計画妊娠といいます。

では、これから、計画妊娠で注意すべきチェックポイントを整理して、悩みどころを解消していきましょう。
そして、「お母さんになりたい」という思いを、実現していきましょう。

1 再発に対する対策がとれているか?


まず、大前提として、現在、ニュートラルな気分の状態が続いている、ということが必要です。
今の状態が、抑うつ状態や躁状態の場合、まず、その解消を目指しましょう。

ニュートラルな気分の状態が続いているとしても、妊娠・出産は、10ヶ月以上に及ぶ長丁場です。
体重も、食生活も、体の中のホルモンバランスも、激変します。
特に、初産の場合、人生で最大のビックイベントとなる可能性が大きいです。
期待と喜びと同時に、未知の不安があっても当然ですね。

また、産後うつ病と言われるように、
気分障害をお持ちでない方でも、妊娠・出産をきっかけに、抑うつ状態になる場合があるほどです。
つまり、今まで病状が比較的安定していた方でも、大きく病状を崩すことも、あり得ます。

だから、妊娠・出産の途中で、
今までで一番、具合が悪かった状態が再発することを想定し、
その対策がとれているかどうかが、1つ目のポイントです。

妊娠・出産に支障を来す、再発時の病状としては、以下のようなものが想定されます。

・抑うつ状態:食欲低下、不眠、希死念慮、自傷行為、自殺企図
・躁状態、軽躁状態:過活動による転倒事故、不眠

せっかく、前向きに取り組もうとしているのに、なんだか、暗くなりますね。
でも、いままでの病歴を振り返るよい機会だ、と考えなおしましょう。
特に、何をきっかけに再発するのか、再発した状態がどれぐらい続くのか、どのようにしたらニュートラルにもどるのか、
そのあたりの確認も、重要です。
ライフチャートにまとめると、整理しやすくなります。

すると、あなたの躁うつ病のタイプがわかってきます。
操作的診断基準では、Ⅰ型とⅡ型に分かれます。

典型的なⅠ型は、大きな躁とうつの波があるが、ニュートラルな期間も比較的長く、
「一生、気分安定薬を内服した方がいい」と主治医から言われることの多いタイプです。

典型的なⅡ型は、軽躁とうつの波が、ニュートラルな期間が比較的短いまま、繰り返され、
気分安定薬が効きにくいタイプです。

でも実情は、Ⅰ型に近いⅡ型、Ⅱ型に近いⅠ型など、様々です。
どちらが、妊娠・出産に「向いている」かは、一概に言えません。

再発への具体的な対策としては、薬物治療、心理教育、家族のサポート、入院治療が大きな柱です。

以上を踏まえて、次の表で、比較・整理してみましょう。(一例として、ご理解ください)

Ⅰ型 Ⅱ型
薬物治療 ・妊娠期間中、病状が安定していても、気分安定薬を継続内服する場合が多い。

・再発時には増量も必要。

・気分安定薬の効果が乏しい場合、または病状が比較的安定している場合、妊娠期間中、内服を中止する場合あり。

・再発時には、再開を検討。

心理教育 ・生活リズムの維持、ストレス対処法、再発のサインの自覚などの、スキルの習得。 ・Ⅰ型に同じ
家族のサポート ・ニュートラルな状態が続く場合、家族のサポートが不要となる場合もある。

・再発すると病状が重いため、家族のサポートだけでの自宅療養は困難な場合が多い。

・気分変動が続きやすく、常に家族のサポートを要する場合が多い。

・妊娠・出産の期間中、実家に滞在する等の検討が必要。

入院治療 ・入院した産科病棟に精神科医が診察に来てくれる、リエゾンという対応が可能な病院(大学附属病院等)への入院の調整が必要。 ・再発しても、入院を要するほどではない場合も多い。

このように、一口に「躁うつ病」といっても、病状によって、妊娠・出産におけるサポートは、大きく違ってきます。
冒頭の5つの疑問のうち、3つ目までは、いままでの説明で解消されたはずです。

・主治医から「一生、内服をしないといけない病気だから、とても、妊娠・出産なんて無理だ」と言われたが、本当にそうか?
➡「躁うつ病」という診断だけで、生涯、内服を続けなければならない、または妊娠・出産が無理、という理屈はない

・絶対にお薬はやめないとダメなのか?
➡そのようなことはない。(やめた方がよいお薬はある。後ほど説明。)

・絶対にお薬はやめたいが、大丈夫だろうか?
➡薬物治療以外の策を講じ、再発時の方針を確認しておけばよい。

さて、まとめましょう。

Do:
・自分の病状をよく把握し、自分に合った再発時の対策を講じた上で、妊娠を開始する。

Don’t:
・計画妊娠という段取りを知らないまま、妊娠・出産をあきらめる。
・計画妊娠という段取りを知らないまま、妊娠を開始する。

2 家族の理解は得られているか?


前述した通り、計画妊娠では、ご家族のサポートが不可欠です。
そのためには、妊娠・出産の経過中に起こり得る不測の事態と対処法について、
十分な理解を得てもらうことが大切です。
家族には、パートナーはもちろんのこと、お互いの両親や親戚、
出産が第二子の場合では、第一子が含まれます。

ご家族が不安に思うことのトップ3は、

a 妊娠・出産の、躁うつ病の病状に与える影響
b 向精神薬の胎児への影響
c 躁うつ病が子供に遺伝する可能性について、 となります。

aについては、前項目の内容を伝え、安心してもらうとよいでしょう。
必要なら、主治医からご家族へ説明してもらうのも得策です。
bについては、次項で説明しましょう。

この項目では、cについて、やや踏み込んでご説明しましょう。

躁うつ病の遺伝に関しても、前項と同様に、
一口に「躁うつ病」とまとめてしまうと、「遺伝する可能性はなくはない…」という、
とてもあいまいな情報提供になってしまいます。

そこで当院では、「家族集積性(かぞくしゅうせきせい)」という見方を使って、
ケース毎に、どの程度の遺伝のリスクがあるか、
現実的なイメージをもってもらえるように、努めています。

家族集積性とは、精神疾患に罹患した方が、どの程度、その家系に集中しているか、
その程度を表す用語です。

集中している方が、家族集積性が高い、と表現します。
ポイントは、躁うつ病だけでなく、うつ病や、統合失調症も含める点です。
実際、片方の親が躁うつ病で、子供が統合失調症を発症するという例は、臨床で多くみかけます。
逆もしかり、です。

当院では、

・家系に全く精神疾患の方がいないタイプ、
・家系に1〜2人程度の家族集積性のタイプ、
・ほぼ全員が何らかの精神疾患に罹患している高度の集積性を示すタイプ、

の3段階に分けて、遺伝のリスクを説明するようにしています。

高度の集積性を示す場合、お子さんが何らかの精神疾患を発症するリスクは、それなりに高い。
低い集積性なら、遺伝を過剰に心配しないように、とお伝えしています。

決して楽しい話題ではありません。
でも、妊娠・出産を決意し、ご家族さんの理解を得ようとする場合、
現実を見据えた上で出発することが、最善の対策と考えます。
そのためのサポートは、当院で全力で提供させていただきます。

Do:
・時につらくとも、ご家族の理解が得られるよう、時間をかけて説得する。

Don’t:
・ご家族の理解をあきらめて、妊娠へ見切り発車する。

3 内服は続けるか?

さて、最後はやはり、内服についてです。

脳に作用する薬剤は向精神薬(こうせいしんやく)と呼ばれます。

向精神薬は、
・気分安定薬(躁うつ病で中心となる薬剤)
・抗精神病薬(統合失調症に用いるが、躁うつ病でも使用される)
・抗うつ薬(躁うつ病でも補助として用いられる)
・抗不安薬、睡眠導入剤      などに分類されます。

悩ましいのは、内服を続けると、

母体の安定した病状を維持できるメリットがあるが
胎児や妊娠の経過に、悪影響を与えるリスクがある、

という 板挟みの状況になるからです。

悪影響には、
・催奇形性(二分脊椎などの大きな奇形が生じるリスク)
・流産、早産のリスク
・出生直後の仮死のリスク
・出生後に離脱症状が起きるリスク   などが、挙げられます。

さて、どうするか?

結論として、当院では以下のような内服の調整を指針としています。

1 バルプロ酸ナトリウム、カルバマゼピンは妊娠前に徐々に減薬し中止する。
・この気分安定薬の二剤が一番、催奇形性のリスクが高い。

2 中止した不具合がある場合、あるいは不具合が予想される場合、気分安定薬のラモトリギンに切り替える。
・ラモトリギンはの催奇形性は低い。

3 炭酸リチウムは、病状が許す限り減薬し、妊娠3〜8週では一旦、中止する。
・炭酸リチウムは、心臓の奇形のリスクがあるが、副作用の頻度は1ほどではない。
・胎児が器官を形成する妊娠3〜8週は、念のため、避ける。

4 他の薬剤の催奇形性は、上記より低いため、母体のメリットが、胎児のデメリットを上回る場
合、継続投与は可能。
・どうしても眠れないときの、睡眠導入剤の頓用使用など。

このように、慎重な薬物調整を行うことで、母子ともに、妊娠・出産を安全な経過とすることが可能です。
逆に言うと、これぐらい計画的に行わないと、計画妊娠はうまくいきません。

また、4のリスクすら回避したい、完全に無投薬で行いたい、というカップルも多くおられます。
その場合、無投薬の場合でも、一定の奇形が発生するリスクがあり、4が劇的にそれを上回るものではないことも、お伝えします。

また、無投薬とした場合に想定される、病状の変動について、
患者さんごとに診立てをお伝えします。
その上で、無投薬を希望される場合、その方針を応援いたします。

Do:
・担当医から十分な情報提供を受け、
自身の病状における、一つ一つの内服の
メリット・デメリットを勘案して、
無投薬を含め、入念に薬物調整の計画を立てる。

Don’t:
・催奇形性の低い向精神薬まで、過剰に危険視する。

 

向精神薬を用いない、抑うつ状態の治療については、
こちら↓
磁気刺激療法・TMS
計画妊娠の中の、再発時の対策の、選択肢の一つになります。

 

瑞枝クリニック 配布資料 Ver 1.1