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2020/07/19

アプリ「みっぷ」に込められた願い③:ある部族の架空の神話



さて、前回の予告通り、
ルネ・ジラールの理論を
ちょー簡単にお伝えする回です。
(それでも、ちょっと長めです・・・)

前回は、こちら↓

具体的なイメージがわくように、
また、ジラールの理論を
説明しやすくするために、

ある架空の部族の、
架空の神話を、ご紹介します。
(小椋:作)

・・・

平和に暮らしていた
我が部族の中で
初めて、
人の物を盗む者が出た。

すると、盗まれた者は、
盗んだ者の、別の物を盗み返した。
二人の間で、殺し合いが始まった。

それを見ていた、
他の部族の者たちの間にも、
盗み合いと、殺し合いが始まった。

来る日も、来る日も、
殺し合いが続いた。

ただ一人、誰の者も盗まず、
誰も殺さずにいた者がいた。

ある日、その一人を、
残った部族の全員が集まり、
全員で、殺した。

すると、雷鳴とともに豪雨が訪れ、
残った部族の者は皆、
武器を置いて、泣いた。

殺されたその一人は、
神として祀(まつ)られ
他人の物を盗んではならないという
掟が、部族に生まれた。

その後は、
どんなに貧富の差が生じても、
人の物を盗む者はいなかった。

・・・

むむむ、ついに勝手に
神話を作ってしまいましたが、

この神話を例えとして、
ジラールの理論のポイントを順に、
説明しますね。

目下、
古代の部族社会のイメージで
お話ししますが、
これと同じ仕組みが、
現在の我々の社会に働いていることを、
次回以降、見て行きます。

・・・

<暴力の連鎖>
社会が一番、恐れていることは、
社会自体を自滅させる危険のある、
暴力の連鎖だ、と
ジラールは考えています。

人の欲望は、この神話のように、
ストッパーがなければ、
ついに暴力の連鎖に至ってしまう、
ということです。

<いけにえと供犠>
暴力の連鎖を止めるには、
そして社会の自滅を防ぐには、

社会に渦巻く暴力のエネルギーを、
一点に集中させ、そして
社会から排除する必要があります。

その対象が、
いけにえ、と呼ばれる存在です。

いけにえを殺害することは、
暴力の連鎖を止めるための、
社会全体からの暴力、
と言えます。

このような、
社会の安全弁のような機能は
供犠(くぎ、サクリファイス)
と呼ばれます。

<宗教や法の誕生>
ここが、とてもトリッキーなのですが、
よってたかって、殺害された者が、
一転して、犯してはならない、
社会の中で
最も崇高な立場に置かれます。

これが、供犠の、
もう一つの機能と言えます。

ジラールは、この瞬間が、
宗教や法の
発生の瞬間だと見ています。

<秩序の回復>
この部族では、供犠の結果、
掟が生まれて、平和が戻った。
つまり、秩序がもどった。

社会の秩序とは、結局、
社会を構成する人々の間の、
いろいろな意味での上下関係が
安定した状態だ、と言えます。

この神話の場合なら、
富める者と貧しい者との差、
それが存在してよいし、
それが窃盗などで不安定にならない、
という状態ですね。

この状態を、社会の
階層構造が維持されている」状態、
と呼びましょう。

ちなみに、
最近、よく耳にしますよね、
「マウントをとる」という言い回し。

自分が優位に立っていると
相手にアピールすることですが、

階層構造が維持されていれば、
そのような必要は、なくなります。

階層構造がゆらいでくると、
マウントの取り合いが
頻発するわけです。

<階層喪失>
でも、悲しいかな、人というものは、
のど元過ぎれば、
供犠のような大切な経験も、
インパクトが薄れていきます。

なので、時間の経過とともに、
他人の財産が欲しくなる者、
掟を破る者が、
必ず、出てきます。

階層構造がゆらぎ、
マウントの取り合いが始まり、
それでも治まらず、
盗み合いと殺し合いが始まり、
神話が繰り返される。

この状態を、
階層喪失」と呼びましょう。

<儀式の誕生>
この階層喪失を防ぐための
社会の知恵が、

供犠で行われた体験を再演する、
もろもろの儀式だ、と
ジラールは考えます。

再び社会が
階層喪失に陥る前に、

階層構造の回復に成功した、
あの供犠を、
儀式として行う。

例えば、
この神話のように、
本当に人を殺すのではなく、
身代りの動物を屠殺する、
などの方法で、再演するのです。

これが、古今東西
あらゆる文化や地域に存在する、
さまざまなお祭りの、ルーツだ、
とジラールは考えます。

そして、
ご紹介した架空の部族が、
その儀式を行う時、
そのシナリオになるものが、
この神話だ、ということです。

例えば、

多数の男性が武器をもって
からだをぶつけ合う
踊りに始まり、

その中の一人、
部族の長となる者が納屋に入り、
いけにえとなるヒツジを屠殺して、

その血を、全員の額に塗った後、
一人一人が、清水を頭からかぶって
再度、静かに参列し、
その全員の前で、

神官から、
新しく誕生した部族の長へ、
長の象徴である
首飾りが、伝授される・・・

というような儀式が、
行われたかも、知れません。

・・・

さて、
いかがでしょうか・・・。

ここまで、長々と
読んできたが、
結局、何が言いたい?

人の集まりである
社会というものが、

どのような危険にさらされ、
供犠、というシステムを通じて
どのようにその危険を回避して
秩序を維持していくのか、

確かに、
古代の部族社会を例に、
ジラールの理論は、
なんとなく、わかった気がするが、

それが、どうした?

・・・

さて、ここで、
質問です。

今回、ご紹介した、
この架空の神話と
その説明の中で、

全く、
語られていないことって、
何だと、思いますか?

・・・

・・・

そう。

最初に、本当に、
部族全員から殺されて
いけにえとなった、

その人の、そして、
その家族の、

苦しみと悲しみ、
そして怒り、

ですね。

その部族が、
儀式をうまく執り行って、
階層喪失を回避し続ければ
し続けるほど、

原初のいけにえの体験は、
社会から、
まるでそんなもの、
なかったかのように、
かき消されて行きます。

実は、これが、
ジラールの言う、
世の初めから隠されているもの」、
その実体です。

いわば、社会とは、
その秩序を生み出すために
必要だった、原初の暴力を、
なかったことにし続ける、
そんなシステムなんだ、
ということです。

そして、今、
私たちが生活している、
この、現代の日本にも、
まったくもって、あてはまるよ、
だから、ジラールのお話は、
すごく関係あるよ、
それが、まず、お伝えしたいのです。

(ぱっと、思い浮かぶ方も、
おられると思います、
まずもって、学校のいじめ、
ですね。)

(そして、当然、
PSMの多くの方も、
社会の中で、似たような立場に
立たされることが多いわけです。)

・・・

次回は、引き続き、
今回の架空の神話を素材に、

この神話が、
一体、どのようにして、

「世の初めからあったもの」を
指し示しつつも、
隠してしまうのか、

そのメカニズムについて、
お伝えします。

・・・

みっぷの話を聞く時、

Do: 
みっぷが変えようとする
社会が、そもそも
どのようなシステムになっているのか、
ジラールの理論を参考に
全く新しい観点から
考えてみる。

Don’t: 
次回もジラールの話が続くことに
恐れをなす。(苦笑)

いかがでしたでしょうか?
同じ悩みをお持ちの方は、 
ぜひ一度、お問い合わせください。