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2021/02/07

HSPとは何か③:原型HSPのイメージ



さて、HSPのシリーズ、
3回目になります。

前回は、こちら↓

日本語版のチェック項目を
共有しましたが、それだけでは、
HSPの実情がぜんぜん、
見えてこない。

その実情を知るために、
元祖HSPである、
アーロン博士、彼女自身に
立ち返ってみよう、
という流れでした。

今回は、
アーロン博士が、
1997年に発表した論文の
冒頭のエピグラフ(引用句)の一つを
シェアします。

まるで、
万国の労働者よ、団結せよ!
という、
共産党宣言に通じる気概を感じます。

万国のHSPよ、団結せよ!
という感じです(苦笑)。

・・・

その引用句は、
英国の小説家、
E・M・フォースター
随筆集『民主主義に万歳二唱』(1951年)
からのものです。
※以下、私訳。

私は、貴族政治というものを信じたい、
民主主義者が使ってよい用語であるならば。

それは、
権力者よるものではなく、
繊細で、思慮深い者による
貴族政治だ。

その構成員は、
あらゆる国の、あらゆる階層に、
いつの時代にも、存在していて、
お互いが会ったなら、
密かに理解し合える。

彼らは、
人間の本来の資質を体現していて、
残虐と混沌に対する、
奇妙な我らが種の
永続的な勝利となるだろう。

彼らの多くは、
知られぬまま消えていく、
名を残す者はわずかだ。

彼らは、
他者に対して繊細さに満ち、
自分自身に対しても、同様だ・・・、

わめき立てることなく、
熟考する、
その彼らの本質は、
お高くとまることではなく、
耐え忍ぶ力なのだ。

・・・

フォースターが
この文章を執筆した、
第二次世界大戦直後は、

ソビエト連邦では
スターリンの全体主義が猛威を振るい、
自国では、
対外排斥を主張する右翼、
急進的な左翼など、

「わめき立てる」連中に
包囲される中、

彼は、「静かに」
人間性と個人の自由を
主張していたようです。

この、フォースターの中に、
アーロン博士は、
たましいの先輩を
発見したのでしょう。

押しの強い連中に囲まれて、
内気だ、恥ずかしがり屋だと
否定的に評価され続けた自分。

でも、それは、
繊細であることの、
プラスの意味が理解できない、
粗野な連中が張った
レッテルであって、

自分には、
繊細であることの、
プラスの意味が、
宿っているはずだ。

・・・

加えて、
フォースターの随筆の後半は、

「わめき立てる」連中が
仕切る政治の混乱に対する
一番の特効薬は、

人間性を大切にする芸術である
という主張に続くようです。

ここも、
アーロン博士には
響いたでしょう。

だから、
繊細さ、と、
芸術を感受する能力がある、
という、この二つの特性は、

不可分のものとして、
博士の中に、
芽生えたのでしょう。

・・・

アーロン博士の中の、
繊細な人、というイメージは、

だから、
この引用句の、
貴族政治の構成員たち
ということになります。

これが、
HSPの、原型、
ということです。

でも、
このイメージ、

19項目のチェックリストから、
想像、できましたか?

自分は、HSPかもしれない、と
そのチェックリストで感じた方・・・、

自分も
その貴族政治の構成員になって、

あうんの呼吸で、
初対面の構成員と、

例えば、
現状の管内閣の政治について、
アメリカ国会議事堂襲撃事件について、
大江健三郎の小説について、
バッハのカンタータについて、

静かに、
繊細に、
思慮深さを持って、
語り合えますか?

おそらく、
それなりの数の方が、
いろんな事情で、
脱落するだろうと思います。

・・・

でも、このイメージが
アーロン博士の
HSP、なのです。

これ、仮に
原型HSP、と呼びましょう。

それに対して、
19項目のチェックリストに
該当するHSPを、
チェックリストHSP
と呼びましょう。

もちろん、
チェックリストHSPのほうが、
裾野が広くて、

その中の一部が、
原型HSP、
ということになります。

・・・

そして、
この原型HSPは、
無自覚に、
ものすごーく、
排他的です。

繊細、という意味を、
ものすごーく、
特定の感受性や
特定の文化と趣味に
結びつけていて、

それに合致しない連中を、
いわば、粗野な、
下等な集団として、
内心、見下しています。

この気配が、
HSPという用語には、
実は、
付きまとっています。

・・・

フォースターや
アーロン博士が、

自分の繊細さを
無視される苦痛を抱くとき、

※実際、フォースターは
その当時、評価されませんでした。

彼らは、まさに、
少数派です。

その少数派が、
自分の特性に声を与えるため、
HSPというコンセプトを
生み出すことに、
何ら、問題はありません、
というより、
そうすべきです。

でも、この世には、
いろいろな「繊細さ」があるのに

自分たちの「繊細さ」が、
「繊細さ」の代表のようにアピールすると、
その瞬間、
ものすごーく、
排他的になるのです。

例えば、
精神症状を抱く人たち。

原型HSPには、断固、
その人たちは、排除されています。
みじんも、
念頭にありません。

・・・

だから、
精神症状をお持ちの方が、
自分はHSPだな、
と考える時、

ものすごーく、
ややこしいことが、
起きています。

その方が、
チェックリストHSPではあるが、
原型HSPではない場合、

それなのに、
自分がHSPだと自覚する、
そのメリットは、

自分も原型HSPのコミュニティに
属すると錯覚することで、
精神障害者、というレッテルから
逃れられる・・・、

そんな感覚が、きっと
あるからだと思います。

でも、実際に、例の
「貴族政治の構成員」の会合に
参加したとすると、
ものすごーく、
居心地は、悪いでしょう。

そして、
アーロン博士は、

原型HSPと
チェックリストHSPとの違いを
自覚されていないと思います。

ややこしいのは、
その違いをなかったことにする方向で
研究がすすんでいることです。

・・・

今回は、
この辺りで、
止めておきましょう。

なかなか、HSPって、
一筋縄ではいかないぞ、
ということでです。

・・・

次回は、
もう一つのエピグラフ(引用句)を
シェアした後、

原型HSPと
チェックリストHSPとの乖離について、
まとめます。

・・・

HSPが気になる時、

Do: 
原型HSPと
チェックリストHSPとの区別を知る。

Don’t: 
自分は原型HSPなのか
チェックリストHSPなのか、
知らないまま、
HSPについて、考え続ける。

いかがでしたでしょうか?
同じ悩みをお持ちの方は、 
ぜひ一度、お問い合わせください。