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2017/05/01

うつ病の治し方:感情リテラシー入門①〜愛と悲しみ編

うつ病の治療法のスタンダードに、認知行動療法があります。また、再発防止のための対人スキルとして、アサーティブ・トレーニングも盛んに行われています。でも、それらの技法が、ぜんぜんかみ合わない方が少なからずおられます。そしてなかなか回復の軌道に乗れない。その方たちの共通点は、何でしょうか?

スバリ、「そもそも、自分の感情が、よくわからない」、これに尽きます。
先ほどの技法は、「自分の感情がわかっている」ことを前提に組まれていますから、どうしても、切れ味が悪くなります。

では、自分の感情がわかるとは、どういうことでしょうか?
感情という情報を、まずは読み取り、その上で、表現できる、ということ。

リテラシーとは、「読み書き」を意味する英語です。
だから、感情リテラシーとは、感情に関する「読み書き」、そのスキルを意味します。

つまり、感情リテラシーの向上が、うつ病からの回復に、重要なガキを握っているのです。

早速、取り組んでみましょう。

感情とは何か

この記事では、進化心理学の知見を参考に、以下のように、整理しておきましょう。

生物としてのヒトは、生存競争を生き残るための行動を取る際に、いろいろな情報(サイン)を利用している。

感情は、そのような情報の一種である。
⇒視覚、聴覚、痛覚などの五感と同じで、情報なんだ、と考えよう。

感情には多くの種類があり、それぞれ、特定の状況で、特定の感情が発信される。

その感情が発信された時、その状況を生き残るために必要な行動が発動し、促進される。

同時に、顔の表情や、全身の緊張状態にも、大きな変化が生じる。

このヒトの反応が、感情によるものだと自覚するには、脳による認知が必要である。
⇒この認知がうまく行かないから、「自分の感情がわからない」という状況が生まれます。

自覚することのメリットは大きい。
①:より適切に、意図的に、自分の行動を修正することができる。
②:他のヒトに、より正確に自分の状況を伝え、必要なら援助を依頼できる。
この2つが、感情リテラシーを磨くことのメリットです

この情報が「よくわからない」という状況は、とても恐ろしいことだ、と思いませんか?
例えば、森の中で大きなクマに出くわした、としましょう。
全身は「恐怖」という情報を発しているのに、それが読み取れず、逃げるという適切な行動がとれない。
あるいは、他のヒトに応援を要請することができない、としたら?
そう、生き残れませんね。

だから、感情という情報は、必ず、

特定の状況という刺激

特定の感情という情報の発信

生き残るために必要な行動の発動・促進

という流れの中で機能していています。
この枠組で、感情というものを理解していきましょう。

感情というと、あいまいで、繊細で・・・
感受性が豊かなヒトじゃないと、うまく扱えないと、
思っていませんか?

確かに、そんな側面も、あります。

でも、ヒトが「生きるか死ぬか」の生存戦略の中で生まれた、感情という情報です。
まずは、ザックリと、自分が生きのびるために必要な範囲で、修得しましょう。

その意味でも、感情を、
状況→感情→行動、という機能的なユニットの中で理解することをオススメします。

では、感情をしっかり自覚するために、具体的に、何に取り組めばよいのでしょうか?

感情リテラシー向上のためにできること

感情を、天気に例えると、わかりやすいでしょう。
「自分の感情がわからない」あなたは、まるで、天気に関して、

「空から何も降ってこない日」と「何かが降ってくる日」
その区別ぐらいしか認知できない人

に、似ています。

この人が、晴れ、曇り、雨、雪の区別ができるようになるには、
どうしたらよいでしょうか?

以下の3項目を、「天気」に「感情」を重ねて、読み進めてください。

1 知識を得る
まず、天気の分類を確認しましょう。例えば、雨と雪が区別可能だということを知ること自体が大きな一歩です。
次は、その天気が起きる状況、天気が引き起こす行動をチェックする。
同時に、天気の具体的な現れ方(空の表情など)を確認しましょう。
最後は、それぞれの天気のおおまかなつながりを理解する。そうすると、より深く、理解することができます。

2 過去の経験の振り返り
今まで、晴れ、曇り、雨、雪は、経験してきているはずです。
でも、知識がないため、その経験を分別して自覚することができていない。
それぞれの天気に関して、今までで、一番記憶に残る瞬間を、思い出してみましょう。
思い出せる場合、それが、その天気に関する、「原風景」になります。
今後、その天気に関する体験を深めていく出発点になります。
思い出せない天気がある場合、それは自分にとって不得意な天気である可能性があります。
この過去の振り返りが、ワーク①になります(後述)。

3 日々の記録
毎日の活動記録表に、体験した天気を記録していきます。
最初は、なかなか要領がわかりませんが、徐々に、「その日の天気に注目する」というクセがついてきます。
すると、徐々に、雲の存在の有無で、晴れと曇りの区別ができるようになる。
降ってきているものが液体か固体かで、雨と雪が区別できるようになる。
これが、お天気リテラシーが上達していくプロセスになります。
これがワーク②になります(後述)。
※活動記録表については、こちら↓
うつ病の治し方:活動記録表は家計簿である

では実際に、うつ病の療養上、外せない重要な感情に絞って、
それらを分類し、その知識を整理していきましょう。

感情の分類

この記事と、続く2つの記事で扱う感情は、計29種類です。
スキルとして使いやすくするため、3つのグループに分けています。

愛に関する感情
生存戦略に必要な感情
知性を必要とする感情

各グループについて知っておくべき内容は、それぞれのセクションの冒頭で、ご説明します。

また、全ての感情について、以下の3つのポイントを「特性」として記載しています。
⚪️快と不快
これは、その感情を抱くことを、快と感じるか、不快と感じるか、という観点です。
非常に基本的な特性です。
快であれば、その快を促進する方向の行動に、拍車がかかり、
不快であれば、その不快を回避する方向の行動に、拍車がかかります。
不快と感じられる感情の一群を、いかに分別して自覚できるか。
これは、感情リテラシー向上の、重要な指標になります。

⚪️緊張と弛緩
これは、その感情を抱くことで、全身の筋肉が緊張するか、弛緩するか、という観点です。
その感情が全身に与える影響の質を知ることに役立ちます。
緊張の場合、交感神経系が優位となり、行動に駆り立てる勢いが強く、
弛緩の場合、副交感神経系が優位となり、行動の停止あるいは休息に向かう勢いが強くなります。
感情は分からなくとも、まずは、自分のからだに起きる、この緊張と弛緩の変化に気づけるようになる。
これは、感情リテラシーに取り組む際の、大切なコツです。

なお、この記事では、典型的な状況で評価しています。
感情の強度が変化すると、緊張が弛緩に、弛緩が緊張に変化する場合があります。
あるいは、他の感情が重なり、変化する状況も想定できます。
固定的に考えないようにしましょう。

⚪️表情
ヒトは、感情に応じて、さまざまな表情をつくることができます。
自分がつくっている表情を自覚することは、自分の感情を自覚することに直結しています。
同時に、表情は相手に感情を伝える、強力なメディアでもあります。
恥ずかしがらずに、役者になった気分で鏡に向かい、いろんな表情を「実験」してみましょう。
特徴的な表情を示す感情については、典型的な表情の写真を付しました。

特に、うつ病の療養上、カギになる感情については、★印をつけ、
4つ目のポイントとして、感情リテラシーのスキルアップのための⚪️コツを付しました。

では、はじめましょう。

愛に関する感情

愛と、愛に関連する感情は、ヒトの生存にとって極めて重要です。
この一群を、29種類の感情の、土台に位置するものとして、最初に扱います。
愛は、「愛を受ける側」「愛を与える側」、その両方の立場として、体験できる感情です。
その観点から、整理してみましょう。

しあわせ★


【状況】愛を十分に受けている
愛を受ける側として、愛を十二分に受けている実感があるとき、この感情が発信されます。
※与える側の愛については、このセクションの末尾付近、「いとおしい(カワイイ)」を参照。
愛を与える者は、ヒトに限る必要はありませんが(例えば、神)、
生後直後からの、母親からの愛が、最初の体験となる場合が多いでしょう。
この場合の愛とは、具体的には、生存競争に必要なサポートを無条件に提供する行動です。
それを十分に受けている場合、次の行動が発動されるのは、当然ですね。
【行動】生存競争に必要な周囲への警戒を、解く
生存競争に明け暮れるヒトとして、これが可能となる状況は、究極の目的でしょう。
また、この行動は、相手からは、攻撃の意志がない・友好的だ、というメッセージとして受け取られます。
【特性】快、弛緩、笑顔(頬と口角が上る)
【コツ】この感情がわからない状況として、次の項目の「さみしさ」に耐えられないから、「うれしさ」を感じないようにしている、というパターンがあります。
この場合、「さみしさ」に耐えられるようになる、そのリハビリが、有効でしょう。
さみしさ★


【状況】愛を不十分にしか受けていない
愛を受ける側として、愛が不足している実感があるとき、この感情が発信されます。
これは、前述の「しあわせ」と、真逆の状態です。
いわゆる情緒不安定とは、この両極を振り子のようにゆらぐ状態とも言えます。
境界型パーソナリティの方の苦しみの中核が、これです。
その診断がつかずとも、うつ病で、同種の苦痛を体験される方、多いです。
【行動】生存競争の弱者であることのアピール
生存競争に必要なサポートが受けられていない状態では、とても戦えません。
できることは、まずは、競争相手からのさらなる攻撃を避けること
「白旗をあげている」状況を、言動のすべてで伝えようとします。
・いかにこころも、からだも、寄る辺ない感じでつらいか
・どれだけ、ヒトのぬくもりを欲しているか・・・
その一方、裏腹にも、周囲への警戒はマックスに増幅されます。
そんな中、愛を与えてくれるヒトを探索し続けます。
このなんとも複雑なオーラが、「さみしさ」の感情にうずまいています。
【特性】不快、弛緩、救援を求める表情
【コツ】前項で、「さみしさに耐えられえるようになる」話題が出ました。
そのための一歩は、まず、さみしさという感情について、以下の基本的な理解を得ることです。
・ヒトは、さみしさを感じる生き物である。(自分だけではない)
・さみしさを感じた時、ひどく複雑な行動をとってしまうのも、仕方がない。
・だから、自分がさみしさを感じた時、それを自分で認めることを恥じる必要はない。
・同時に、だからといって、なりふりかまわず周囲を振り回してよいわけではない。
・前述の、複雑な行動を、自覚して、行う努力をすればよい。
悲しみ★


【状況】愛の対象を失う。
愛の対象とは、愛を自分に与える者、または、自分が愛を与える者、その両者を指します。
親族の死は、その典型的な状況です。
また、愛の対象は、心血をそそいだエネルギーの流れがあった対象であれば、
ヒト以外の、動物やモノであっても、この感情は発信されます。
さらに、この喪失の結果、愛を不十分にしか受けていない状況となった場合、
「さみしさ」も同時に発信されることになります。
この項目では、そこまでには至っていない「悲しみ」を考察しましょう。
その場合でも、異常事態であることに変わりはありません。
対象を失って、いわば、心血をそそいだエネルギーの流れが「出血」したままの状況です。
「止血」するまでは、手当が必要。そんな例えがぴったりでしょう。
生存競争の中では不利な立場に立たされます。
【行動】生存競争の弱者であることのアピール
競争相手からの攻撃は避ける必要があります。(これは、「さみしさ」と同じ)
戦うエネルギーも意志もない、それが言動に現れます。
同時に、エネルギーを蓄える必要があるため、
活動量が低下し、休息のモードに入ります。
さらに、その間、次の愛の対象を再設定するための、
こころの中でも、生活の中でも、模索が始まります。
つまり、進化心理学の立場からは、この一連の行動は、
生存戦略上、有用な行動なのです
【特性】不快、弛緩、ハの字まゆ毛(まゆげの内側をあげる)+あごのしわ(口角を下げる、下唇をあげる)
【コツ】まず、「さみしさ」と「悲しさ」の違いを、つかみましょう
「さみしさ」は、強烈にヒトを求めます。
「悲しさ」は、逆に、引きこもります。
その上で、自分のいまの感情が、どちらがどの程度、混ざっているのか、探ってみましょう。
「さみしさ」がましなら、「悲しみ」は、しっかり手当をすれば回復できる、そんな気がしてくるはずです。
「さみしさ」がキツいなら、ヒトを求めてあがくため、ゆっくり「悲しみ」のケアができません。
ややこしいですよね。
だから、「悲しみ」をきっかけにうつ病になった場合、本人を支える周囲のセンスが問われます。
いかに、適度に接触して本人の「さみしさ」をやわらげつつ、
「悲しみ」の回復のために、本人の引きこもりを許すか。
憎しみ★

【状況】愛の対象が、何者かに奪われる
【行動】奪った何者かへの攻撃
【特性】不快、緊張、威嚇する険悪な表情
【コツ】攻撃の行動が現実的にとれない場合、この感情を抱き続けることは、極めて不快です。
だから、そんな状況は「忘れる」「なかったことにする」心の動きがさまざまに繰り出されます。
しかし、火種はくすぶり続け、まったく関係のない文脈で発信された憎しみの感情に、
自覚のないまま、攻撃のトーンを倍加させてしまいます。
一方、「悲しみ」と「憎しみ」が同時に発信される場合も多いでしょう。
すると、「憎しみ」の爆発とくすぶりの陰で、「悲しみ」に対する手当がまったく放置されたまま、という状況が生じます。
これが、うつ病が長引く原因になります。
これらの状況や行動にこころあたりがあれば、まずは、
「憎しみ」の原風景を確認し、そこで、放置されたままの「悲しみ」がないか、チェックするとよいでしょう。

嫉妬

【状況】憎しみを生む状況が予想される
【行動】(愛の対象を奪おうとしている何者かではなく)愛の対象自体への攻撃
【特性】不快、弛緩〜緊張、威嚇する険悪な表情

いとおしい(カワイイ)


【状況】 赤ん坊、あるいは類似の者やモノが目の前にある
無垢で無防備な、手が差し出されるのを無心に待っている赤ん坊、が典型的な状況でしょう。
この特性を持っているなら、成人でも、動物でも、ぬいぐるみでも、この感情は発信されます。
【行動】生存競争に必要なサポートを無条件に提供する
これが、与える側から体験できる愛です。
なぜこの行動をとるのか?
生存戦略上は、自分と同類の子孫を残すというメリットがあると推測されます。
たとえ、この行動の対象が血縁でない場合でも、あるいはヒトでなくとも、
その対象の中に、自分と同類の性質を見いだしている可能性があります。
その意味では、自分への愛とも言えます。
【特性】快感、弛緩、笑顔
罪悪感★

【状況】他者が憎しみの感情を抱く原因に、自分がなっている
【行動】つぐないの行動
これは、憎しみを抱いた相手から許しを得る目的で発動されます。
社会的な絆を維持するために、生存戦略上、有効な行動なのです。
【特性】不快、弛緩、救援を求める表情
【コツ】この感情も、憎しみと同様、うつ病が長引く背景となっている場合があります。
例えば、相手から許しを得ても、罪悪感が続く場合。
この様な状況をつくった自分を、自分が許せない、という一人二役の状況です。
この状況からの脱出のヒントは、こちら↓
うつ病の治し方:許せない気持ちの整理法
うつ病の治し方:しんどいパターンを探せ
うつ病の治し方:しんどいパターンから抜け出すには

ワーク①:振り返り

さて、29種類の感情の中で、この記事では、愛に関連する感情7個を見てきました。
その感情が発信される状況と、その結果の行動とをセットで整理することで、
なんとなく、あいまいで情緒的な雰囲気をまとっている感情というものを、
機能をもった情報であると、再認識してもらえたら、まずは成功です。

それでは早速、その新しい認識を、活用してみましょう。
まずは、過去の経験の振り返りです。
★印の感情(5種類)について、
以下の課題に取り組み、その結果を、ノートにまとめてください。

⚪️今までの人生の中で、その感情を一番強く体験したエピソードを一つ、思い出す。
⚪️その状況と、行動を、記録する。
⚪️その時の感情を一番よく表す、姿勢・表情を、実際に再現し、そこで感じたことを記録する。
・この部分は、特に重要です。
・その感情が、エネルギーとして、自分の身体に出現した時、どんな感触になるのか。
・「胸がつまったような」「頭が沸騰しそうな」など。
・体の特定の部位の、独特な言い回しで表現するしかないような、自分なりの感触を、特定しましょう。
・これが十分に自覚できると、今後、この感触が出現した時、「あ、自分は〇〇の感情を、いま、感じている」と自覚できるのです。
・これが、感情リテラシー上達のための、大きな一歩です。

⚪️エピソードを思い出せない場合は、その感情が発信される状況と類似の状況を探し、記録する。
⚪️その時、なぜ、その感情を体験するに至らなかったか、その理由を考察する。

ワーク②:活動記録表

ワーク①はいかがでしたか?
ワークを終えた頃には、感情を、状況ー感情ー行動のセットで認識するクセがついてくるでしょう。

次は実際に、日々の生活の中で、感情リテラシーのスキルアップに取り組みましょう。
具体的には、以下の2つのポイントで、自分に生じた感情をチェックし、結果を活動記録表に記録しましょう。

⚪️状況が変化したタイミング
・場所を移動した時
・特定の活動の開始と終了時
・自分にとって重要なヒトと接触した時
⚪️「驚く」を体験した時
※「驚く」については、ここ↓
うつ病の治し方:感情リテラシー入門②〜イヤイヤとワクワク編を参照

これらのポイントでは、感情の情報が発信される可能性が高いです。
いままでは、漠然と通り過ぎていたそのポイントに、注意を向ける、そして観察する、という地道な努力ですね。
二週間程度の記録がたまれば、支援者と共有してフィードバックをもらいましょう。

終わりに

お疲れさまでした。
地味なワークですが、感情リテラシーの基礎体力作りには欠かせませんね。
この調子で、残りの感情についても、チャレンジしてみましょう。
続きは、こちら↓
うつ病の治し方:感情リテラシー入門②〜イヤイヤとワクワク編
うつ病の治し方:感情リテラシー入門③〜希望編

Photo credit: kevinmklerks via Visual hunt / CC BY
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