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2022/01/16

身体リテラシー入門⑮:増強法の実際ー曝露反応妨害法をヒントに



さて、身体リテラシーのシリーズ、
今回は第15回目です。

前回はこちら↓

そこでは増強法の意義について
お伝えしています。

エッジで一体、何が衝突しているのか、
それを浮き彫りにさせる
(ガン見させる)ことによって、

逆に、その衝突の解消に向けて
自我を成長させることができる、
という内容でした。

前回は、
三木先生の息子さんに
再登場して頂きましたが、

今回は、
療養により即した例、
具体的には、

強迫性障害に対する
曝露反応妨害法について
ご紹介しながら、

増強法の実際について
見ていきましょう。

・・・

架空のケース、
Aさん、30才の女性の方。

1年前から、
電車のつり革や
会社のドアのノブなど、
不特定多数の人が触れる物に触ると、

不潔だ・・・という考えと
バイ菌がついていないか?
という不安がこびりついて離れなくなり

それを解消するために
自分の手を何回も洗わないと
気が済まなくなりました。

だんだんひどくなるので
ネットで調べると、
強迫性障害強迫行為だと知って
精神科を初めて受診。

さっそく、外来で
曝露反応妨害法という
行動療法に
取り組むことになりました。

・・・

Aさんは、実は
毎回の診察もすごく気が重かった。

誰が触ったかわからない
診察室のドアを触らないと
入室できないから。
そんなことは、最低限にしたい。

でも、この治療法では
あえて、そのイヤな行為を
自ら意思して、やってみる、
という段取りになっていた。

で、実際、診察室のドアを
あえて触ってみることに。

この「あえて」というところが
曝露(ばくろ)」と呼ばれている
部分です。

ドアのノブの汚れに
あえて、
自分を曝(さら)すわけです。

そんなことをしようものなら
Aさんは、ほんとうは
一目散に手洗いをしたい。
それも、何回も何回も。

でも、この治療法では
その強迫行為も、ダメ!
ここが「反応妨害」と呼ばれる
部分です。

手洗いしたい、というAさんの反応を
妨害する、というわけです。

この段取りを、診察だけでなく
自宅でも宿題のように続ける、
それが典型的な
曝露反応妨害法ですね。

・・・

「あえて」ドアのノブに
最初に触れた時、
Aさんは、心臓が口から
飛び出るかと思うほど
動悸と不安に襲われました。

が、それでも実際は、
予想していた程ではなかった。

そして、なんとか症状を
改善したいという思いが強いため、
宿題もキチンとこなしていきました。

すると、半年でかなり
強迫行為は減って
生活の支障も
目立たなくなりました・・・、
めでたしめでたし。

・・・

皆さまなら、
この治療法のどこが、
プロセス指向心理学の
増強法」になっているか
もうお分かりかと思います。

まずは
「あえて曝露する」
という部分ですね。

不潔にまつわる葛藤を
あえて、煽っているわけですから。

そして、実は、
手洗いの強迫行為を「させない」
という部分も、
増強法として機能しています。

それをすれば
葛藤がとりあえずは減る、
というAさんの段取り、
それを禁じることで、
これまた、葛藤を
煽っているわけですから。

この「増強法」によって
エッジの構図が
どのように変化したか
追ってみましょう。

・・・

受診前のAさんは、

エッジの手前には
不潔を恐怖する自分、

エッジの向こう側には
不潔でバイ菌まみれの、しかし
日常生活で避けることができない
つり革やドアノブ
押し寄せてきていました。

やむを得ず触れてしまった
後のAさんは、

エッジの手前には
強迫行為で不安を解消したくて
いてもたってもいられない自分、

エッジの向こう側には
強迫行為の不自由と苦痛に
まみれた日々の生活
押し寄せてきます。

・・・

その状況で、
曝露反応妨害法に取り組むと
その構図は、どうなるか。

エッジの手前には
「自分は不潔だ」と思い込み
強迫行為で不安を解消したくて
いてもたってもいられない自分、
言い換えると、
不潔な自分に耐えられない自分、

エッジの向こう側には
つり革やドアノブを触っても
強迫行為をせず、
不潔な自分を受け入れている自分
押し寄せてきている、
と言えるでしょう。

治療がすすむと、
結局、落としどころとして、

つり革やドアノブを触っても
そこまで不潔と思わなくても、
そこまで手洗いをしなくても、
自分は大丈夫だ、と思える、

そんな第三の自分が、誕生する、
という展開になるわけです。

・・・

エッジの構図が
治療の前後で、地味に
でも決定的に変化していることを
お分かり頂けるかと思います。

ここが、
前回もお伝えしたポイントです。
そのまま、再掲すると、

エッジの向こう側にあるのは、
得体の知れない何か、
という印象を抱いてしまうほど
受け入れ難い、
自分自身、という場合が、
非常に多いです。
(再掲終わり)

というわけです。

実際、Aさんは、
治療の開始にあたって、

あえてドアノブに触って
かつ、手洗いをしない自分なんて
全く、イメージつかなかったと思います。

増強法を、いわばダブルに重ねた
曝露反応妨害法の設定によって、

Aさんは、
そんな自分に向き合うことを
強制された、と言えるでしょう。

つまり、Aさんは、
エッジの向こう側に、

不潔なつり革やドアノブ、
あるいは
症状にまみれた苦痛な日々、

それらを設定している限り
現状の自分から脱出することは
難しかった。

エッジの向こう側に、
今のままでは受け入れられない自分
それを設定しなくては
病状の改善は得られなかった
ということです。

厳しい言い方をすると、
現状を、
物や他人のせいにするな、
つまり、エッジの向こうに
物や他人を置くな、

今までは受け入れることができなかった
自分を受け入れることが出来たとき
人は成長する、つまり
症状が改善する・・・、

だから、エッジの向こう側には
受け入れ難い自分を置け
という話になってしまいます、
なかなか、厳しですよね(苦笑)

・・・

実際、
曝露反応妨害法って
精神科の治療法の中で、
かなりハードな部類に入ります。

このような「気合い」を要求している
精神療法は少ないです。

なんでなんでしょうね・・・、
結局、
ものすごく、
治りたい、成長したい、
という意思が強くないと
できないからだ、
と言えるかと思います。

増強法、といアプローチが、
その意思をものすごく
要求しているわけです。

あえて、エッジを深掘りする、
そして、
受け入れ難い自分と向き合う、
ということですね。

・・・

さて、
なんだか、やる気が出るんだか
萎えるんだか、
わからない展開になっているかも?(苦笑)

なので、次回は、
曝露反応妨害法とは別の、
より、塩加減のゆるい
増強法はないか、
探ってみましょう。

・・・

根源的な不安に
さいなまれている時、

Do: 
増強法で
エッジの構図を深掘りし、
現状の自分 対、
受け入れ難い自分、に持っていくには
成長への強い意思が必要だと知る。

Don’t: 
自分にはとても
増強法は無理だと落ちこむ。

※ここまでのシリーズで
「守り」と「攻め」の
区別をお伝えしてきています。
増強法は「攻め」ですね。
「守り」を固める時期も大切です。

いかがでしたでしょうか?
同じ悩みをお持ちの方は、 
ぜひ一度、お問い合わせください。