うつ病の治し方で最初に知るべき3項目
うつ病と診断された後、うつ病の療養生活が始まります。十分な休息をとり、生活リズムを維持し、必要に応じて抗うつ薬の内服や認知行動療法を行います。スタンダードな治療の大枠に、大差はありません。それなのに、順調に回復する方と、いつまでも回復できない方が、必ず生じます。この差は、どこから来るのでしょうか?
順調に回復しない方は、うつ病という、自分のこころとからだに起きた異常事態に対して、全くイメージが持てていない場合が多いです。あるいは、「こころのカゼ」「脳の疲労」「セロトニンの不足」などの言葉は浮かんでも、それを自分の療養生活に活かすことができない。その結果、困惑と焦りと不安の中でもがいてしまいます。順調に回復する方は、直感的に、コツを理解されているようです。「まだ無理はしないでおこう」「そろそろ大丈夫だろう」という手加減が上手です。
順調に回復する方が、直感的に体得している、このコツを、知りたくありませんか?そのコツを、言語化する一つの方法が、うつ病を、「チェーンが外れた自転車」の状態である、とイメージすることです。
では、これから、順番に説明していきましょう。
1 うつ病は「チェーンが外れた自転車」の状態である
健康なヒトが、スイスイ自転車を運転している状態だとすると、うつ病の方は、「チェーンが外れた」状態に例えることができます。やらなきゃと思うのにやる気が出ない。カラダはどこも悪くないのに、カラダが動かない。ペダルを踏む意志もあり、実際、ペダルも踏んでいるのに、そしてパンクもしていないのに、自転車が動かない・・・、まさに、そのような状態です。
自転車なら、チェーンが外れていることは、見れば一目瞭然です。でもヒトのうつ病の場合、それが、とてもわかりにくい。だから、ペダルを踏む人間が怠けている、あるいは、どこかカラダの病気ではないかと、本人も、周囲も、思ってしまいがちです。
ところが、ヒトにとって、その「チェーン」がどこにあるのか、かなり解明されてきています。脳という臓器の、左側背外側前頭前野という部位が、その候補です。その機能低下が、うつ病と密接に関連していることがわかってきました。でも残念ながら、現代医学では、自転車屋さんでサクッとチェーンをかけ直すようには、その部位の機能低下を回復させることは、いまのところ、できません。
しかし、脳の中に、「自転車のチェーンがあり、そこが外れている」とイメージすることは、うつ病からの回復を目指す、ご本人にも、ご家族にも、とても有益です。なぜなら、ご本人も、ご家族も、何にとりくめばよいのか、共通のイメージを持つことができるからです。
Do:
・うつ病は、「チェーンが外れた自転車」の状態だと知る。
・原因は、運転者(本人のやる気や性格)にも、車輪(カラダ)にもないと理解する。
・本人も、家族も、ともに、「チェーンをかけ直すにはどうすればいいか」を考える。
Don’t:
・うつ病の原因を、運転者がペダルを踏む気がないからだと決めつける。
・本人も、家族も、「早くこがないと!」「早くこげ!」と叱咤激励する。
2 療養の第一段階は「チェーンをかけ直す」こと
では、「チェーンをかけ直す」には、どうすればよいでしょうか?
そもそも、「誰」が、チェーンをかけ直してくれるのでしょうか?これも、現代医学では十分に解明されてはいませんが、一言でまとめると、「自己治癒力」と言うほかありません。
誰でも、ちょっとしたケガをされたことがあると思います。この、ケガが治るプロセスを思い出して下さい。パックリ口を開けていた傷口が、手当を上手にすると、数日後、いつの間にか、閉じている。不思議ですね。これこそが「自己治癒力」のなせる技。
うつ病も同じです。ただし、「脳の中の外れたチェーンが、自己治癒力で、徐々に、もとの歯車にもどっていく」というアニメをイメージするには、想像力をたくましくする必要がありますね。
でも、うつ病から回復される方の様子を目の当たりにすると、脳の中で、それが起きていると納得させられます。
ここでポイントになるのは、ご本人や、ご家族は、何を努力すればよいのか、ということです。
これもヒントは、ケガが治るプロセスにあります。ケガの手当の基本は、傷口から細菌や異物を取り除くために洗浄し、傷口をピッタリ合わせて、動かさないようにして、待つ。そして組織が再生するために必要な栄養を十分にとる、ということに尽きます。つまり、自己治癒力を妨げるものを取り除き、自己治癒力を促進するものを用意する、ということです。これは、うつ病の療養においても、全く、同じです。
では具体的には、何をすればよいのでしょうか?
一覧表にまとめてみましょう。
うつ病の療養生活で、自己治癒力を促進するもの、阻害するもの 一覧表
促進 | 阻害 | |
睡眠 | 深い質のよい睡眠 | 不眠、浅眠、悪夢 |
食事 | 規則正しい食生活 | 不規則な食生活、過食、拒食 |
アルコール | 原則、断酒 | 飲酒(睡眠の質を悪化させる) |
運動 | 適切なタイミングと運動量 | 不適切なタイミングと運動量 |
向精神薬 | 適切なタイミングと種類・量 | 不適切なタイミングと種類・量 |
経済状況 | 療養に専念することが保証される | 療養に専念することが保証されない |
対人関係 | 良好 | 不調 |
考え方 | 楽観的 | 悲観的 |
感情 | 適切に表現する | ため込む |
疼痛 | カラダの痛みが和らぐ | カラダの痛みが続く |
安心感 | 療養生活全体に安心感がある | 療養生活全体が不安だらけ |
・つまり、
Do:
・「チェーンをかけ直そう」としている本人の自己治癒力を、本人も家族も、全力でサポートする。
・自己治癒力を促進するものを用意し、阻害するものを排除する。
Don’t:
・「チェーンが外れている」まま、ペダルを踏み続ける。
・「チェーンが外れている」まま、放置する。
3 療養の第二段階は「チェーンが外れないように気をつけながら、ペダルを踏み始める」こと
では、「外れたチェーンをかけ直す」ことができたら、次は、何をすればよいでしょうか?ここで、「早くもとのようにスイスイこぎたい」と、いきなり自転車にまたがり、こぎだす方が、とても多いです。
ポイントは、3つあります。
一つは、「無理にペダルを踏むと、またチェーンが外れる」ということ。実際の自転車でも、急な発進、無理な坂道で、チェーンが外れることは、ご承知の通り。こうなると、せっかく自己治癒力で回復させた脳の機能を、振り出しにもどすことになります。この無駄を回避することが、順調な回復に、極めて重要です。
二つ目は、「ペダルを踏み始めないと、チェーンがかかっているか、わからない」という実情があります。これは、現代医学の現時点での限界です。だから、常に、どの程度チェーンが回復しているか、実際にペダルを踏んで確かめながら、療養をすすめる、というスタンスが不可欠になります。この場合、実際にペダルを踏むとは、「毎日の生活の中でとるすべての行動」を意味します。
うつ病の症状が重いとき、洗顔すらおっくうでできない、とう状態が十分ありえます。この時、無理に入浴や散歩をすすめると、症状が悪化する場合があります。チェーンがまた外れてしまった、とういことですね。正に、入浴や散歩は、この時点では、無理なペダルの踏み方だった、ということになります。
つまり、毎日の生活自体がリハビリだ、ということ。毎日の生活でとるすべての行動を、チェーンの回復の程度に合わせて、デザインしていく、その丁寧さが求められます。
具体的には、例として、次のような順番で、ペダルを踏み込んでいくとよいでしょう。
<自宅内>
更衣、食事を座位でとる、洗顔、入浴、座位の時間が長くなる、TV鑑賞、読書、
洗濯機を回す、洗濯物を干す、皿洗い・・・
<自宅外>
ごく短時間の散歩、買い物、人混みで時間を過ごす、復職デイケア参加(午後)、
復職デイケア参加(午前〜午後)、通勤訓練、リハビリ勤務、
復職(残業なし)、就労継続(残業あり)・・・
そして、「チェーンが外れそう」という感覚に熟達することが大切です。これが、うつ病になり、大きな代償を払った結果、手に入れることのできる、スキルです。これがわかれば、「これはちょっと踏み込みすぎたな」と、翌日からの生活を修正し、うつ病の療養を順調にすすめることができるようになります。
三つ目は、「ペダルを踏むと、よりしっかりチェーンがかかる場合がある」という点です。例えば、日中の活動が活発になると、昼夜のメリハリが出てきて、夜の睡眠の質が改善する、その結果、さらに脳の機能が回復する(チェーンがしっかりかかる)という好循環があります。療養に過剰に慎重になり、自宅に引きこもりがちになると、回復のきっかけを逃す結果になる場合があることも、知っておく必要があります。
さて、この項目のまとめです。
Do:
・自転車にスイスイ乗れる日を目指して、毎日の生活がリハビリだと自覚する。
・「チェーンが外れそう」とう感覚に熟達し、毎日の生活の軌道修正を丁寧にする。
Don’t:
・いきなりペダルを踏み込み、チェーンが外れてしまう。
・チェーンが外れることを恐れて、ペダルを踏み込まない。
詳しくは、こちら↓
うつ病とは?:うつ脱出のための基礎知識①
あなたのうつ病のタイプは?:うつ脱出のための基礎知識②
うつ病のタイプと治療法のマッチング:うつ脱出のための基礎知識③
磁気刺激療法・TMSを中核とした「うつ完全脱出プログラム」とは
瑞枝クリニック 配布資料 Ver 1.5